怒りは道具だから、使わなくてもいい。|岸見一郎先生の本に救われた話 (1/3)

怒りは道具だから、使わなくてもいい。|岸見一郎先生の本に救われた話 (1/3)

こんにちは。こんまり流片づけコンサルタント、ハンナです。

こちらはYouTubeの文字を起こした文章です。

耳で聞きたい方はこちらからどうぞ。

 

 

今日は、「おおきな不満はないはずなのに、なんだかうっすら苦しい」 そんな気持ちが、少し軽くなるかもしれないお話をしていきたいと思います。

結論を急がないお話なので、今日は耳だけで、ゆるりと聞いていただけると嬉しいです。

片づけの先生の家は、いつも綺麗?

我が家は、子どもが3人いるんです。 片づけの講座の会場でも、「先生のお宅では、お子さんも、ちゃんと片づけるんですか?」みたいに聞かれることがあるんですが、毎回、「いえ、片づけませんね」と答えてます。

普通に、片づけてくれない日が多いんで。

前は、リビングを散らかされると、片づけるのに時間もとられるし、イラっとしてたんですけど、こんまりメソッドで片づけ終わってからは、あんまり気にならなくなったんですよね。

「これなら10分あれば戻るか」みたいな、そんな感じで、後でしよ〜って、私も先のばししてるんですよ。 別に、今すぐ片づけなくても、なんてことないんでね。

私のなかの「やっかいな気持ち」

ただね、いつでもきれいにできる自信はついたものの、私は、ちょっとやっかいな気持ちを持ってまして。

散らかされると、落ち込んでしまうんです。 「ちょっとは協力してよ」「私ひとりなん?」って悲しかったり、情けなかったりして。

家族と暮らしているのに、めっちゃ孤独じゃない? みたいに感じてしまうことがあったんですよね。

でも、この、なんとも内向きで、ちょっと相手を責めてるこの気持ち。 もう、今は、ないんです。……うそ。ほぼ、ないんです。

岸見一郎先生の本との出会い

それは「嫌われる勇気」でおなじみの、岸見一郎先生の本に出会ったからなんです。

あくまで一読者としての受け取り方なんで、偏ってたり、間違って解釈しているところもあると思うんですが、それでも、私の心の痛みが和らいだのは本当なんで。

もし、私と同じように「う〜〜なんか苦しいんだけど〜〜」って感じている方に、この話が届いたらいいなと思って、今日はお話ししています。

岸見先生はアドラー心理学を研究されている方で、いろんな角度からたくさん本を出していらっしゃるんですが、今回は私が「ガツンと衝撃を受けたキラーワード」で全3回のお話をくくってみました。

  • 一回目は「目的論で生きる」
  • 二回目は「課題の分離と境界線」
  • 三回目は「アンチ承認欲求」

今日は、その一回目のお話です。

怒りは「出し入れ可能な道具」でした

この「目的論」って、どういう考え方かというと―― 私たちは普段、気持ちに変化が起きたとき「原因」を探しますよね。

「子どもが片づけないから、私は怒っている」とか、 「誰も手伝ってくれないから、私は悲しい」とか。

でも、岸見先生の言う「目的論」は、その逆なんです。 **「私たちは、原因のせいじゃなくて、『目的』を叶えるために、感情を持ち出している」**って考えるんです。

本に、わかりやすいたとえ話が載っています。

お母さんと娘さんが、大声で口論している時に、電話が鳴るんです。 お母さんは「(怒)もしもし」って電話に出るんですが、その相手が学校の先生だとわかった瞬間。

「あ、もしもし?いつもお世話になっております」って、丁寧な声に変わりますよね。 そのまま先生と穏やかにしゃべって、電話を切る。 で、切ったとたんにまた、娘に向かって怒りだす。

ここから何が言えるかというと、岸見先生はこうおっしゃるんです。 「要するに、怒りとは『出し入れ可能な道具』なのです」

電話がかかってくれば引っ込めることもできる。 感情を抑えきれずに怒鳴っている、というよりも、 「大声をだして相手を屈服させる」っていう目的のために、「怒り」っていう道具を使っているだけなんだ、というんです。

感情を「使っている」と気づく救い

これを分析されると、自分がすごくズルい人間みたいに感じて、あんまり認めたくないじゃないですか。 ですが、この目的論って、一見厳しそうに思えて、実は「救い」なんです。

もし、感情が勝手に湧いてくる「抑えられないもの」だとしたら、私たちは一生、その感情に振り回されることになります。

でも、「道具」だとしたら。 自分で出し入れできるなら、私たちはいつだって方向転換できるんです。

片づけで言うと、 「こんなに大変なんだから、もっと私をいたわってよ」って無言の抗議をするために、あえて「片づかない状態」を道具にしているのかもしれない。

そうやって客観的に自分を見れたら、めっけもんです。 「これからどうしたいか」っていう目的は、今この瞬間にだって変えられるんですから。

「今、ここ」から選べる主導権

アドラーは「トラウマの存在を否定する」んです。 もちろん、辛い経験自体がなかったことになるわけではないけれど、「あんな経験をしたから、私はもうダメなんだ」って、過去に縛られる必要はないんだよ、っていう考え方なんです。

私はこの「目的論」が好きです。

「自分に主導権がある。今、ここから、私は何だって選べる」 そう思わせてくれるから。

納得いかない時は「青年」を見て

今回の話、「いやいや、そんなことないでしょ」って反論したくなる場面もあったかと思います。

でも、安心してください。 『嫌われる勇気』という本に登場する「青年」が、私たちの100倍くらい、めちゃくちゃ反論してくれてます(笑)。

私はオーディオブックでも聞いてるんですが、「青年、すげー語彙力だな〜!」って笑っちゃうくらい。 もし「納得いかない!」と思ったら、ぜひ本を読んでみて、青年と一緒に反論してみてください。

さて、次回は、今日お話しした「目的論」を土台にした、 「課題の分離と境界線」についてお話ししたいと思います。

家族との関係がぐっと楽になった、私にとって大切な考え方です。 最後まで読んでくださりありがとうございました。

ハンナでした。

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